国内"古城街道"制覇

金曜から更新が滞ったのは、金曜から月曜(今日)までOstern(イースター=復活祭)で、4連休だったため、お恐れながら?旅行へ行ってきたためである。
独逸には「古城街道 Burgenstrae」というのがある。同様のコンセプトのモノに「ロマンティック街道(Romantische Straße)」と言うのがあり、日本人にはこれの方が有名、というか日本からドイツに来る観光客はこれを見て完了とするのが常。こうした街道を総称して「休暇街道Ferienstraße」と言うらしい、これは今知った。
で、去年も古城へは行ったのだが、「これ(由緒あるお屋敷なのは判ったけど)、"城"?」という感じだったためか妻が所望して今回いくこととなった。なお、宿は飛び込みで探すという方針を採用(事前に予約していなかったから、ともいう)。
最初にNuernbergニュルンベルクまで一気にAutobahnへ。ここはソーセージが美味いところである(そのことで有名かどうかは不明)。F1で(ニキラウダが死にかけた)有名なニュルブルクNuerburgとは別の場所なので念のため。と言うわけで、夕食はソーセージとビール、あとマッシュポテト見たいのが付くというところをフレンチフライに換えて貰う。美味。宿は探すのが面倒だったのでIbisというチェーン店ホテルに泊まる、朝食込みeur67。
翌朝は有名だという時計台(12時丁度だけ動くからくり時計込み)を見る。その前に、DB Museum(日本でいえばJR博物館と言うことになろうか)へ。これは壮観で、鉄道フィギュアマニアが見たら失禁しそうなモノである、そうでなくてもなかなか楽しめる。建物はモダンな外観で、旧東でなくてもこういうモノはあるのかと思った(偏見?)。建物の外に国連憲章と思われる条項が各国語で書いてあるのだが、日本語は残念ながら見つからなかった。
さて今度こそ「古城」に泊まろうということで、ガイドブックでアタリを付け、Bad Winpfernにあると思われる(ガイドブックのBad Winpfernの頁に出ていた)古城ホテルに電話、予約を取り付ける、朝食込みeur100、時間があったらBurg HombergやらBurg Guttenbergやらにある他の古城も見て回ろうということに。Ansbach,Rothenburg等を横目に見つつ夕方にBad Wimpfernには着くが、その予約した古城がどこにあるのかサッパリ判らない、仕方ないので宿に電話してみるとそこからさらに50kmほど北上したHirschhornと言うところだという。ガイドブックには郵便番号は出ているが州名や市名が出ておらず、手元の地図は郵便番号検索に対応していなかった(郵便番号でアタリを付けられるようになっている地図も普通にあるのだが)のが敗因。ここまで行くには前述で想定した経過点は全て通過してしまう、がいい加減草臥れてきたのでとにかく向かい、そろそろ暗くなろうかという頃にやっと漂着。
ここ(リンクの写真の上の方に出ているのが自分が泊まった城)はいかにも「城」という風情、建物も「土で作ってます」という感じで壁も床もすごくしっかりしていて古い割には遮音性も高く、部屋には非常に満足。夕食も(ホテル以外に喰うところがなかったので)宿のレストランでウィーン風カツレツを食べたが、今まで食べた中で最良と思われる味だった。
最終日は、古城街道の終着点(起点?)、ハイデルベルグHeidelbelgへ。ここが(町自体は非常にこぢんまりとしているのだが)最も観光地らしく、至る所に土産物屋、日本語ハングル語中国語そしてJCBカードのマーク。それもその筈、ここの城が最も巨大でこれは一見の価値有りと思わせるモノだった。小高い山というか丘というかの上にあり、ケーブルカーも出ているのだが、徒歩で12分というので歩いて登る。これは城としての実用性(防御性)有り、この城に乗り込むのは大変だろうと思わせる。
何故か巨大なワイン樽(220キロリットル)が名物で、ガイドツアーが出ていたが、現物を見れば判る、こちらは必然性希薄(笑)。ここでオリジナル文章入りラベル付きワインを土産に売っているのだが、珍しく日本語対応(独英日)、さすが観光地。
あとは保険で有名?なMannheimで昼食(何故かハンバーガー)、その後一路帰宅。
これで独逸国内の「古城街道」はほぼ制覇した:本当はこの街道はプラハまで(から)繋がっているのだが、今回はこれで佳しとしよう。
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  by mtack | 2005-03-28 17:51 | tagebuch

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